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双葉十三郎への意見
双葉十三郎は私がもっとも信頼する映画評論家である。映画を観る目の確かさ、的確でシャープな表現、間違いなく彼は一流の映画評論家である。「シェーン」を彼は非常に高く評価している。雑誌「スクリーン」に掲載されていた「ぼくの採点表」においても85点というトップクラスの点をつけている。双葉この作品の解説にかなり長い文章を割いており、その文章は詩的で美しく、かつ的確にこの作品の素晴らしさを表現している。その双葉が唯一首肯できないとするのが、シェーンとジョーの格闘シーンの長さである。だが、私は首をかしげた。この長い格闘はこの物語の構造上仕方のないものだと思えるからだ。少年の目から見た英雄像を描いているところがこの作品の特徴であり、優れているということはほとんどの人が認めるところだろう。この作品を私なりに要約すると次のようになる。
起:少年ジョーイの前にシェーンが現れる。
(悪徳牧畜業者ライカー一味が農民たちを苦しめている背景がある)
承:ジョーイはシェーンへの憧れを募らせていく。
(ライカー一味の暴虐が酷くなる)
(農民たちの必死の抵抗)
(少年の母、マリアンがシェーンに惹かれていく)
転:ジョーイのシェーンに対する評価が下がる。
(少年の父、ジョーがライカーたちと対決しようとするのをシェーンが止めようとして殴り合いになる。しまいにシェーンは拳銃でジョーを殴って気絶させ、ライカーのもとへ向かう)
結:シェーンは再びジョーイの憧れとなり、制止を振り切り去っていく。
(シェーン、カム・バック!)
少年から見た英雄像の話なので、このような見方をした。だからこの「転」の部分は絶対に不可欠なのである。クライマックスの前に変化をつけなければ物語が単調になってしまう。恋愛モノの連続ドラマで最終回の前の回にはほとんどの場合において二人の関係が危機に陥り、最終回で逆転ハッピーエンドというのも同じことだ。少年に失望させるには、シェーンに「卑怯な」振る舞いをさせなければならなかった。そのために拳銃でジョーを殴るという行為が必要だった。だが、シェーンは善人なのでいきなり拳銃で殴ることなどさせるわけにはいかない。フェアな勝負をしたが、どうしてもジョーを止めることができなかったのでやむを得ず拳銃で殴ったことにしなければならない。そのためにジョーとシェーンの格闘は長くならざるを得なかったのだ。決して見せ場としての格闘シーンをたっぷり見せるために長くしたわけではない。監督としてはむしろ長い格闘を観客に見せたくなかっただろう。そのためにマリアンがハラハラして成り行きを見守っているところや、嘶く馬や暴れる牛を映して間を持たせたと考えられる。そして少年に「大嫌いだ」と言わせ、母親から諭された少年がシェーンに謝るためにシェーンを追いかけさせなければ、クライマックスの決闘シーンおよび最後の別れのシーンにつながらない。こういった構造上の必要性のために長い格闘が必要だったのだ。そこを述べた上で論評するなら分かるのだが。
私がこの「シェーン」を完璧な作品と思っているかというとそうではない。双葉とは違うところに不満がある。それは少年ジョーイの「足の速さ」である。シェーンはジョーを殴った後、馬に乗ってライカーたちのもとへ向かう。荒野を駆け抜け、川を渡り、ずいぶんと遠い距離を移動する。馬に乗ったシェーンを少年ジョーイは駆け足で追いかける。そして、シェーンがライカーのいる酒場に到着してまもなくジョーイは追いついてしまうのだ。これはどう考えてもありえない。リアリズムが徹底的に無視されている。私と双葉ではツッコミ所が違うようである。
シェーンは死んだか?
この作品をめぐる論争で「シェーンは死んだのか?」というものがある。決闘の際、撃たれたシェーンは馬に乗って去っていくが、そのときには馬上で死んでいたという説があるのだ。私としては「シェーンは死んでいない」という考えだ。死亡説の根拠は次のとおりだ。
1 シェーンは決闘の際に撃たれている。ジョーイも血を確認している。
2 ジョーイが「カンバック!」と言っても振り返らなかった。
3 馬に乗ったシェーンの片腕が力なく伸びている。
4 ラストシーンでシェーンがいる場所が墓場である。
シェーンは確かに撃たれているが、致命傷であれば長々とジョーイと話している余裕などなかったのではないか。「カンバック!」の呼びかけたが振り返らなかったというが、振り返ったらカッコ悪すぎではないか。シェーンは自分はかたぎの人たちと一緒に暮らすことはできないとジョーイに語っている。その決意が固かったからこそ振り返らなかったと見るのが妥当ではないのか。死んだから振り返らなかったなどというのは冒涜であろう。片腕が力なく伸びているとのことだが、手綱を握っていない腕に力を入れる必要がいったいどこにあるというのだろう。リラックスさせていて何が悪い。手綱を握っている手は動いているようにも見える。しかし、ラストカットは死後硬直に見えないこともない。墓場を通った? それがどうした。そもそも馬が死体を乗せたまま山に登ることがありうるのか? そして言っておくが、ヒーローとは去るか死ぬと決まっている。去ってなおかつ死ぬ必要はない。
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