ものぐさ雑記 2007年12月
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12月30日
吉田警視は読心術のアシスタント

 ヒーリング系サロンと称して客に高額な宗教商品を売りつけていた「神世界」。吉田澄雄警視は単にサロンへ客を紹介していただけでなく、相談者からあらかじめ悩みを聞きだしておいて、青山サロンを運営する杉本明枝社長(44)へ知らせていたそうだ。杉本社長は悩みを言い当てることで、奇跡だと信じさせ、大金をだましとることに成功した。
 インチキ霊能力者はこの手をよく使う。相談者の個人的なことを言い当てるテクニックとしてはコールド・リーディングとホット・リーディングの二つに分けられる。下準備なしで言い当てたように思わせるテクニックがコールド・リーディングだとすると、この吉田警視がやったことはホット・リーディングにあたる。警察の幹部にリサーチ役をやらせるなんてことは前代未聞だろう。警察に対する信用を利用してインチキを行うなど言語道断の話だ。
 われわれマジシャンも似たようなことはやるが、はっきりいえばアシスタントにあらかじめリサーチさせるなどという手間のかかることはせずに当ててしまうことはできる。こちらのほうがずっとすぐれたパフォーマンスができるのだが、逆にマジシャンのほうがインチキに思われるというジレンマはいつも感じている。




12月28日
薬害肝炎一律救済ねえ・・・

 この話題でマスメディアが連日もちきりだが、どうにもピンとこない。世間で取り沙汰されているのはあくまで薬害による肝炎の話だ。フィブリノゲンやらなにやらの血液製剤によって感染した人たちへの救済の話だろう。だが、実際には過去に予防接種において注射針の使いまわしが当たり前のように行われており、それによって感染した人が圧倒的に多いと見られている。この間のニュースで見たのだが、手術において器具を続けざまに使ったケースが全体の40パーセントもあったというとんでもないデータが発表された。医者にしてこの意識の低さ。それによって感染した人も多数いたのだ。
 薬害のみが注目され、実際に圧倒的に多い医療器具による感染者は救済されるのか、それが重大問題だ。




12月25日
オスカーの冥福を祈る

 ジャズピアノの巨匠、オスカー・ピーターソン氏が亡くなった。また一人、ジャズの世界から偉大な才能が消えてしまった。82歳というのはミュージシャンとしては大往生かもしれないが、残念なことには変わりない。芸術性、技巧ともに頂点に君臨するオスカーだが、若かりしころアート・テイタムの演奏を聴き、ショックで一ヶ月ピアノが触れなかったというエピソードがある。ジャズの歴史においてアート・テイタムはおそらく最高のピアニストと見なされているが、その演奏がオスカーには4人で弾いているように聴こえたそうだ。そんな経験から謙虚な人格が作られたようで、人間的にも素晴らしい人物だった。






12月23日
UFO対策は当たり前

 石破防衛大臣が「モスラ」だの「ゴジラ」だのと言い出しているせいで顰蹙を買っているようだが、UFOに対して政府が対策をするのは当然過ぎる話だ。
 この件の発端は2005年と2007年に民主党の山根隆治議員がUFOへの対処法について政府に対して質問を行ったことだ。それに対して政府は「地球圏外からのUFOの存在を確認していない」との回答をしている。
 地球圏外からの飛行物体の存在の是非はともかくとして、UFOとは単に「未確認飛行物体」のことで、何だかわからない飛行物体への対処法を考えておくのは政府としては当然の話だ。
 いつも素性のはっきりしている存在ばかりを相手にできるとは限らない。それは飛行物体であれ、人であれ動物であれ同じだろう。





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練習なしのマジックはありえない

    

 昨日のTBS系でMR.マリックの三時間にわたる特番があった。ネタバラシで視聴率を稼ごうという傾向が少なくなってきて、昨今は後半部分が若手マジシャンとの対決という形をとるようになってきた。今回は若手マジシャンとの対決とネタバラシを組み合わせた形をとっていた。このコーナーはバラエティとしてはそれなりに面白かったが、対決した若手マジシャンたちはマリック氏の演技を一度見ただけで練習なしに演じなければならなかった。こういうことは基本的にあってはならない話だ。ネタバラシをする演目なので、失敗してばれても関係がないといえばそうなのだけれど。

ハンカチの中から百円玉が消える演目など、一度も本番で使うハンカチに触ったことがなければ、タネがわかっていても失敗する可能性が高い。コップの底から百円玉が貫通する演目だって練習なしに演ずるなんてありえない話だ。ふじいあきらもおそらくトリックは解かっていただろうが、客に見せられる演技はできないと判断してやらなかったのだろう。

 カードマジックに関しては、ほとんどのマジシャンがバイシクルのカードは触りなれているので、あまり問題はなかっただろう。ムッシュ・ピエールとふじいあきらは見事に再現することができた。私としてはぺるがタネの解明ができなかったことが不思議だったが、本当にできなかったのだろうか? テレビ上の演出なのかよく分からない。

ピエールが再現した演技をナレーターが解説していたが、私の見る限り、少なくとも一箇所は違うところがあった。中央にあったハートのジャックをスライドさせて見えなくさせた後、デックを広げるときにハートのジャックが見えないように広げていたとピエールの演技の映像を流しながら解説されていた。だが、実際にピエールが行ったのは違う。最後にデックを広げるときに、もうそこにハートのジャックはない。共演者にデックを調べられても見つけられないようにハートのジャックを直前に取り外してある。録画された方はチェックしてみたらいかがだろう。おそらく、ピエールが番組スタッフに100パーセント本当のことを言わなかったのだろう。タネアカシをさせたいテレビ局とテレビの力を利用したいけど全部ばらすわけにはいかないマジシャンとの攻防がこういったところに現れているのが興味深い。



12月17日
やっと「椿三十郎」を観た。

 文章の最後のほうにネタバレがあるので、観ていない方は気をつけていただきたい。
 すでに大ヒットしているようだが、私が観たかぎりでも非常によい出来の作品になっていると思う。このリメイクの話を最初に聞いたときには正気の沙汰ではないと思ったが、監督もそれはよく自覚していたらしい。黒澤明のオリジナル版はやたら最後の決闘シーンばかりが話題になるが、最初から最後まで面白い作品だ。これを越えるとまでは行かなくとも、リメイクした意味があると思わせるだけでも困難な挑戦だったはずだ。
 黒澤版はモノクロだったが、今回の森田芳光版はもちろんカラー。椿の花をカラーで描くだけでもリメイクする意味はあっただろう。名作「ビルマの竪琴」は同じ市川昆監督によってリメイクされているが、その理由はビルマの赤い土、岩をカラーで撮りなおしたかったからだ。実際にはタイでロケは行われたのだが。
 黒澤版は96分だったが、今回は119分もの長さになっている。だが間延びした感じはまったくない。非常にテンポがよい。
 問題の最後の決闘シーンだが、私の個人的趣味としては黒澤版のほうが好きだ。映画コラム欄にも書いたが、あの絶妙な間と血飛沫、それに対する共演者たちの本物のリアクションがあってこそ、あれだけの凄まじいシーンに仕上がったのだ。今回の森田版には血飛沫はない。三船敏郎の抜刀法は弧刀影裡流居合術を元にして編み出されたもの。左手で抜きつつ右手を刀の峰に添えて相手を斬るという方法だ。普通の居合の場合、抜く、斬るの二つの動作が要るが、弧刀影裡流なら一動作で済む。黒澤版の決闘シーンに対して北野武監督が、「あれだけ近い距離なら、相手の柄を押さえて抜けないようにして、もう片方の手で抜刀して斬ったほうがいい」と言って実演していたのを見たことがある。森田芳光監督も同じことを考えたようだが、北野武がやって見せた殺陣にもう一ひねり加えた殺陣をやらせている。森田版と黒澤版の決闘シーンでどちらが良いかは好みの問題になるだろう。



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スピリット百瀬と比呂石裕を見てきた

 

 私が見てきたのは10日の月曜のことだったが、ネット接続のトラブルなどがあって、更新するのが今日になった。国分町にbarXというマジックバーがある。1210日に一周年を迎えるとのことで、その記念に二人のマジシャンが呼ばれることとなった。この店は12人しか入らない小さな店なので、2時間おきに入れ替えで2日に渡り計8ステージ行われた。スピリット百瀬は以前このHPでも紹介したことがあるが、マジックがよほど好きな人でないと知らない人物だ。カードを投げてキュウリなどを切る名人として有名だが、マジック全般に精通している。そして比呂石裕もマジック界では有名だが、一般的にはあまり知られていないだろう。彼はピックポケット・アーティストとして有名だ。訳したとおり、スリをエンターテインメントとして見せる芸のことだ。最初に比呂石裕が登場する。

 カード、コインなどを最初に見せてくれたが、腕前はかなり鮮やか。咳をすると口からシュークリームが出てきたりとコメディも加えた演技で楽しませてくれる。クライマックスでは客から借りた百円玉にサインをし、それが缶ジュースの中に移動、口をナイフで開いて百円玉を取り出すと、その開封した缶が元通りになってジュースがなかから出てくる。約三十分間の演技。ピックポケットの演技は見られなかった。

 次にスピリット百瀬の登場。プラスチックの輪とロープを取り出し、観客に調べさせる。だが、なぜか輪のほうは使わずにロープの演技に入る。たぶん気が変わったのだろう。その後、カードマジック、4つのダイスをカップの中で立ててしまう曲芸的な演技を披露し、最後はカードを投げてキュウリを切断してフィナーレ。

 観客は楽しんでいたようで、上質なショーだったといってよいだろう。二人とも共通するのは観客とのやり取りがしゃれていて面白いこと。マジシャンはマジック以外の部分にも気をつけなければならないのがよく分かる。




12月8日
菊間がフジテレビを辞めるらしい

 フジテレビアナウンサーでしばらくテレビ出演していなかった菊間千乃がフジテレビを退社するとのことだ。仙台で未成年のジャニーズ事務所のタレントと飲酒するという事件を起こしてから、彼女はテレビに出ることはなくなった。ジャニーズ事務所の怒りは相当なものだったらしく、菊間をテレビに出すなら、ジャニーズのタレントはフジテレビに出さないという圧力がかかったという話を聞いたことがある。それにしても飲酒事件が2005年だから、ずいぶんと長い間テレビに出ていなかったことになる。もちろん菊間やその場に同席した大人たちの行動は処分されねばならないが、それにしてもアナウンサーという職業で2年近くテレビ出演していないというのはあまりに異常な話のように思える。ジャニーズが怒るのもわかるが、拳を振り上げたままでは疲れないだろうか。
 ご存知の通り、かつて菊間はめざましテレビのコーナーにおいて避難訓練の最中、ビルから落下するという事故に遭っている。それ以来周囲の人間も腫れ物を触るように菊間に接していたようで、それが仙台での飲酒事件につながったかもしれない。
 菊間は法律の勉強に専念するそうだ。これ以上フジテレビには居づらいだろうし、だからといってフリーになって上手くいく可能性は他のアナウンサーより低いと本人も周囲の人間も考えているのだろう。
 だが、山本モナが不倫事件を起こしたとき、彼女が今のような成功を収めると予測した人間がどのくらいいただろうか。私はあのときもう山本モナはテレビに出ることはないと思っていた。先見の明がなかったというほかない。ビートたけしの戦略が良かったといえるが、戦略そのものより、たけしがタレントとしての山本モナの未来を信じたことが一番大きかったのではないか。菊間もアナウンサーとしてまだまだやり直しが効くのではないか。法律家としてやっていくつもりならそれはそれでよいが、タレントとしてカムバックしたいなら、法律の資格をとることを利用するのはあまりよくないのではないかと思う。



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「創聖のアクエリオン」はいい加減にしろ

 

 例のパチンコ機のCMの話だ。新バージョンが出ていた。「あなたと合体したい」というあからさますぎて意味のない性的意味を含ませたサブリミナルコピーだけでも十分腹立たしかったが、今度のはそれに加えバックにアニメのテーマソングらしきものが流れ、「♪合体、合体・・・」と連呼している。はらわたが煮えくり返りそうになる。しまいには女性の声が「気持ちいい〜!」と叫んだので私の怒りは頂点に達した。これがサブリミナルであることに気づかない人間が世の中にいるのだろうか? いるんだろうな。だから元のアニメもヒットしたんだろう。



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左うちわ

 

 以前から疑問に思っていたので書いておこう。よく裕福な暮らしをしていることを「左うちわ」と表現するが、これが私にはまったくわからない。利き手でない左手でうちわを使えることから、あくせく働く必要がないということを意味すると辞書などには書いてある。以前テレビで誰かが言っていたが、裕福な人は右手で酒盃を持つか、女性を抱くかし、残った左手でうちわを使うとのことだ。だがこれはおかしくないだろうか。飲み物を飲む動作とうちわを使う動作ではうちわを使う動作のほうが激しい。よって酒盃を持つなら左手のほうが楽なのではないか。そして右手で女性を抱くというが、右利きの男は普通左手を女性の身体に回すものではないだろうか。要するに動きが大きかったり激しいほうの動作を利き手でするほうが楽なのだから、左手でうちわを使うときは右手がそれ以上に激しい、または複雑な動きをしなければならないときに限られるのだ。

 今の学校がどうなっているのかは知らないが、私の時代には教室にクーラーなどなく、プラスチックの下敷きをうちわの代わりにして左手で扇いでいた。もちろん右手は鉛筆を持たねばならない。左うちわだがとても裕福な状態とはいえない。今は何でもパソコンだが、それ以前にデスクワークをしていて、クーラーがなかった人は同じように左うちわだったに違いない。