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11月26日
ミシュランガイド東京にはどれだけ意味があるか
いまや世間では大騒ぎで書店では売り切れ続出だそうだ。そもそもミシュランガイドとはタイヤ会社のミシュランが快適なドライブのためのガイドブックとして無料配布していたもの。会社の思惑としてはより多く人々がドライブをしてくれれば、それだけタイヤの消費が増えることを狙ったものといわれている。それならば車社会においてミシュランガイドは意味を持つものといえよう。だが東京はどうか。車で移動するのは困難な場所で、ミシュランガイド東京に載せられた店を回ってもタイヤの消費とは何の関係もないだろう。
しかも調査された地域は東京中央の7区のみで台東区は入っておらず、浅草の店は一軒もないという。外国人は真っ先に浅草を訪れるが。
1年半で1500件の店を調査し、150件が紹介されている。たった7区でもそれが限界だったのだろう。それだけ東京(というか日本)では飲食産業が盛んで店の数が圧倒的に多いのだ。今までにミシュランガイド東京がなかったのが不思議、だとか調査地域が狭すぎるといった批判があるが、これは仕方のない話だ。調査に長い年月をかけるとその間に店の味が変わってしまうことは十分にありえるから、こういったガイドブックは短期間につくらねばならない。
ミシュランですらたった都心の7区しか調べられない。ガイドブックの限界が象徴的に表されている。自分の舌を信用せよ、というが一人であらゆる店を回って調べるのも不可能だ。自分の動物的なカンに頼ったほうがよい店を見つけられるのかもしれない。
11月24日
女子の王道的質問について
何かと言うと女子は「男の人って好きでもない女と平気で浮気できちゃうものなんでしょ」というのだが、それを聞くたびに私は相手にもよるが「頭が悪いと思われるから言わないほうがいい」と言ってやる。なぜ女子がそのような考えを持つにいたったかというと、単に男たちが見栄を張ってモテる自分を演出しているという理由もあるが、それよりもそういった女子たちが「好きでもない女と平気で浮気できちゃう男」ばかりを選んで付き合ってきたからにほかならない。世の中は自分の頭の中の映し画だというが、そのような女子にとっては好きでもない女と浮気ができるのが男だという考えがあるので、そうではない男は眼中にない。あるいは男の範疇に入らないと認識しているので、必然的に男とは好きでもない女と浮気をするものになり、そのような男ばかりを選んでしまうということになる。
養老孟司氏が、「人間にとって認識できないものはないのと同じ、だから(養老氏の好きな)昆虫など興味がないゆえに存在していてもわからない」「都市においては死はないこととされている。死ぬのは病院の中。死が存在しないように思う人が都市に住んでいる」というようなことを言っているが、この原理はすべてに当てはまる。
シカゴ・オープナーというカードマジックがある。観客の引いたカードが一枚だけ裏模様がかわる。次に引いたカードと最初に引いた裏模様の変わったカードが入れ替わるというものだ。このマジックが面白いのは、最初のカードを横に置いて二度目に移る際に、最初のカードが観客の無意識へと外れてしまい、クライマックスでずっと目の前にあったカードが再び意識に戻ってくるところにある。観客の関心を操作してカードを意識と無意識との間を行き来させるのがマジシャンの役割だ。これが上手くできないと、最初のカードに手を伸ばされてその後が続かなくなったり、クライマックスのインパクトが弱まることがある。関心のないものは見えなくなる。女子の王道的質問がなされる理由もそこにある。
平気で浮気ができる男が好みで浮気されても平気だというならご自由に。だがそうではないのにそのような男ばかりをを選んでしまうのは本人が矛盾ないし葛藤を抱えているからだろう。相手を選ぶのは自分の責任であることぐらいは認識しないと不幸が訪れる。
11月16日
信じると思っているのが怖い
船場吉兆の偽装表示問題の会社幹部の言い分が振るっている。散々報道されているが、すべての偽装はパート従業員が勝手に行ったという。言うまでもないが、時給いくらで働いているパートが勝手に偽装を行うわけがない。このようなことを言って信じると思っている会社幹部の感覚が異様というか不気味というか頭が悪いというか怖い。パートだろうと社員だろうと不祥事が起これば幹部に責任があるのは当然だが、それがないと思っているのも気味が悪い。
マジシャンはウソばかりついていると思われるかもしれないが、実際はできるだけウソをつかないようするもの。ウソをつくよりはミスディレクション、暗示、サブリミナル、ダブルバインドなどを用いて相手に勝手に誤った情報を想像してもらうようにたくらむ。ウソの取り扱いには慎重になる。その立場から考えるとあの船場吉兆幹部の言い草はまったく理解しがたいもので、不気味で怖いとすら思える。
先日のブログで遊びのときくらいは相手の社会的地位など気にするなと書いたが、仕事のときも気にしなくてもよいのではないかと思った。船場吉兆といえば料亭の中では名店中の名店。食の世界では頂点だ。その幹部とあろうものが、あれだけムチャクチャなことを言って、世間がそれを信じると思っている。船場吉兆に限らず同様なことが他の会社でも起きている。社会的地位など相手を判断する基準にはまったくなりえないことが証明されたようなものではないか。
11月15日
相手を見てものを言おう
愛知でのコンベンションのときの話で思い出したことがある。
会場ロビーでのディーラーショップの一つが私に店のパンフレットを差し出してきた。そのときに店員の女性が
「もうもらいましたか?」
と私に言った。しゃらくさいことを、と思った。この「もうもらいましたか?」という発言は心理テクニックでは「エリクソン・ダブルバインド」と呼ばれるものである。相手に何かを受け入れさせたいとき、それを前提にした上での質問をする。この場合、私がパンフレットをもらうことを前提とした上で、「もうもらったか、まだもらっていないか」という質問をしてきた。どちらにせよ私はもらうことを選ばなければならないというわけだ。CMなどで「あなたはもう体験しましたか?」とか「よく振ってお使いください」というコピーを聞くが、それと同様のものだ。
このテクニックは一般の人間相手なら絶大な効果を発する。もちろん使いようによるので、もう少し複雑に仕掛ける必要はある。しかし、このコンベンションの参加者はほとんどがプロまたはアマチュアのマジシャンだ。すんなりと引っかかるとは思えず、むしろ癪に障ることのほうが多いのではないか。相手を見てものを言ったほうがよいのではと思う。
11月11日
一日中マジック漬け、さあお目当てのジェフ・マクブライド登場だ〜名古屋2日目
「ワンデーコンベンションin中部」が開かれる稲沢市民会館はJR東海道本線稲沢駅から歩いて20分のところにある。朝9時では開いている店もほとんどなく、ランドマーク的なものもなく、会場にたどり着くまでが非常に不安だった。列に並んで中に入ると、千人入る会場の、すでに前のほうの席は埋め尽くされており、私はやや後ろのほうの席を取った。日本各地からディーラーが集まって店を開いている。私が知っているだけでも深井洋正やマーカ・テンドーが店を出していた。開会式のあと、ディーラーショーが行われ、商品の宣伝をする。今回の観客はマジック愛好家がほとんどなので、ディーラーたちがステージ上からマジック用語を連発し、トリックを説明していたりしていて面白い。
昼食休憩になり、私が所属するマジッククラブの会長とでくわす。お茶とおにぎりが出される。おにぎりは一個が厚さ、高さとも8センチはあろうかという私が見たこともない巨大なものが二つ。味はよかった。昼食時にケン・正木を見かける。そして、混雑するディーラーショップの近くにお目当てのジェフ・マクブライドを発見。バイシクルのハートの3を取り出して、サインをお願いすると、「マイ・プレジャー」と快く引き受けてくれた。
午後、アマチュアのコンテストが開かれ、その後、ゲストショー一部が始まる。カズ・カタヤマ、大曽根みずほ、笑太夢、将魔が出演。カズ・カタヤマは主にシルクのプロダクションを演じていた。アマチュアも同じようなことはやるのだが、身のこなしがまるで違う。役者が違うという印象を受ける。次は大曽根みずほ。彼女には私が所属するクラブの発表会に出ていただいたことがある。「浮世絵物語」と名づけられた演目を三年以上演じ続け、より磨きがかかった演技だった。笑太夢は一度テレビの「銭形金太郎」という番組で見たことがあった。「顔芸マジシャン」として紹介されていたが、パントマイムが非常に優れている。ゲストショー一部のトリは将魔。箱にアシスタントを閉じ込め、上に乗ったマジシャンと一瞬にして入れ替わるというマジックは数々のマジシャンが演じてきたが、アレンジが凄い。箱に閉じ込め、剣で四方八方から串刺しにすると、上から刺した3メートルはあろうかという長い串に沿って箱が上昇する。マジシャンはその下に入って、体の回りの布を引き上げた瞬間に入れ替わりが起こっている。布の最上部と箱の底の間には明らかに隙間があるのに、入れ替わっているところがミソ。私ほどになればトリックは予想がつくが(それ自体は別に威張れません)、発想が面白い。
ショーの出演者も凄いが、観客として招待されている人たちも錚々たるもの。島田晴夫、渚晴彦、北見マキ、ケン・正木、テンヨー社主の山田昭氏などが紹介され、日本各地の奇術クラブの会長たちも招待されており、私のクラブの会長も紹介されていた。
さあ、ゲストショー第二部の始まり。ジェフ・マクブライドの登場だ。一般的に世界一のマジシャンは誰かと尋ねれば、デビッド・カッパーフィールドと答える人が多いだろう。もちろん、カッパーフィールドは素晴らしいが、彼はイリュージョニストとして主に活躍している。ステージ上のスライハンドの名手といえば、今ジェフが世界一と言っていいだろう。仮面が七変化し、ジェフが素顔を現すと、マントをぐるぐる回して放り投げる。「カブキ」と称した衣装のチェンジとリングの演技、両手に持ったからのおわんに水が溢れ出し、飲んでも飲んでもあふれ出す。観客におわんを渡して調べさせることもできる。観客の子供をステージに引っ張り上げてのマイザース・ドリーム(空中からコインを次々取り出し、バケツに放り込む)、空中から光りをつまみ出して飲み込み、口から光りが数珠繋ぎになって出てくる。続いて光るダンシングケーン。最後はおなじみミリオンカード(空中からカードを何枚も取り出す)。などなど、約40分間のショーを楽しませてもらう。
カズ・カタヤマのときにも感じたが、他のマジシャンと同じ事をやっていても役者が違えば面白さがまるきり違ってみえる。そして一流のプロは独自の表現を作り出し、アレンジを行う。マイザース・ドリームなど普通に演じれば、せいぜい1分半から2分の演目だが、ジェフは客いじりを混ぜながら10分近く引っ張った。最初から最後まで面白いのだから、下を巻く。笑太夢同様、ジェフのパントマイムも非常に優れている。それがいかにも本物の魔法を見ているように感じさせることに役立っている。ミリオンカードのとき、ジェフは右足を大きく一歩前に踏み出し、腰を低くした独特のスタイルで行う。最後は機関銃のようにカードを客席に投げ、次は床にバウンドさせながら投げ、最後に口からカードを出してエンディングというテレビで観たままの演技が観られて大変満足。もちろん観客は拍手喝采だった。
11月10日
名古屋へ向かう。
翌11日に愛知県稲沢市で中部奇術連合会が主催する「ワンデーコンベンションin中部」が開催される。朝の9時半から始まるので、仙台に住む私は前日から移動しなければ間に合わない。新幹線を乗り継いで、四時間近くかかって名古屋へ着く。名古屋の街中をぶらついて、味噌煮込みとんかつを食べたりしてから、中区錦三丁目にある「マジックバー 手品師」へ向かった。若手のマジシャンとマジック談義をしていると、店長の酒井辰弘氏が登場。主にカードマジックを見せてもらった。イケメンで腕もよく、私などが一度見ただけではトリックがよく分からない。だが、この店長もそうだが、優秀なマジシャンは腕自慢に陥ることはなく、観客に良い気分を味わってもらえる振る舞いをすることを心がけるものだ。
次は私とマジック談義をした若手マジシャンのサロンショー。リングやシルク、ビルスイッチ(お札が違うお札に変わる)、インビジブルデック(観客の思ったカードが一枚だけ裏返っている)などを披露していた。インビジブルデックは大きなトランプを使っていたところがさすが。小さなトランプだと10人を越える観客の前では見えづらい。私は100円ショップで買った大きめのトランプを使用している。
名古屋には他にもマジックバーがあるが、明日の朝は早いので、ホテルに帰ることにした。
11月4日
飲み屋で名刺を出す人たち
かなわんなと毎度思わされるのだ。プライベートで遊びに出かける場で知らない人と出会うことがある。サラリーマンで名刺を持っている人はこんな場所でも名刺を差し出してくる。私に言わせれば、それこそ公私の区別ができていないのだ。
まず第一にプライベートで遊びに行っているときには、仕事のことなど忘れてリフレッシュしたいと考えている場合が多いだろう。名刺交換するときにはいやおうなしに自分の仕事のことを思い出さざるを得ない。違う自分になりたくて出かけてきている人に対して無粋な行為といわざるをえない。
嘘をついてしまうのも楽しみの一つだという考えもある。確かに大人の社交場においてはホラ吹き合戦をしながら相手の腹のうちを探って楽しむという文化がある。だが、名刺を交換するとなれば、嘘をつくわけにもいかなくなる。名刺交換しようという人たちはまさにそれを狙っている。
だが、世の中には名刺を持たない人が多いのだ。そちらのほうが多いかもしれない。私だって持っていない。そんな人たちに対して、「名刺もないのか」と言ったり、言わなくてもそのような目で見たりする。そして「お仕事は何をされているんですか?」などと聞いてくる。他人の内面になぜずかずかと足を踏み入れることができるのか、不思議な気がする。名刺を持たない人間としては、社会的に認めれられていない存在に扱われているように思える。
仕事の世界において相手の個人的なことを訪ねるときには、プライベートに介入しているという意識がある。だが、遊びの世界において、相手の仕事を訊ねることは、相手のプライベートに介入することになるということがわからないようなのだ。
名刺交換したい人たちは、相手の社会的地位を最初に知っておかないと不安になるのだろう。それは一つの不幸ではないか。自分が興味あることにたいして、相手がどれだけ情熱を注いでいるかとか、どれだけ詳しいか、どれだけ上手か、その人は一緒にいて楽しい人物かどうか。遊びの場で重要になるのはそういったことではないだろうか。相手の職業だの地位などそれほどの意味をもつのだろうか。私は自分から他の人の職業を訪ねることはまずない。
あの人、面白いよ。一緒にいると楽しいよね。仕事? 知らない。というのが私は好きだ。仕事をしていないときくらい、人間性だけで相手を判断しても罰は当たらないのではないだろうか。
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